2016年08月04日

国際社会へ復帰したイラン

2016年1月16日、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国の6カ国はイランが”核合意”に基づき核開発計画を縮小したことで、経済制裁の解除に踏み切りました。これでアメリカを気にして動けなかった外国企業もイランに再進出できるようになり、イランもようやく国際社会への復帰を果たし対立していたアメリカとの対話の糸口が掴めました。

1971年2月、イラン革命が起きて”反米国家”に変わるまではアメリカとの関係は良好でした。アメリカはペルシャ湾を挟んで睨み合うサウジアラビア(スンニ派大国)とイラン(シーア派大国)を両立させることで、中東地域の秩序を維持しようとしていましたが、イランが反米に転じてからはアメリカはイラクに肩入れします。イラン・イラク戦争(80~88年)ではイラクに武器を供給し、その裏ではイランにも武器を輸出していました。(86年のイラン・コントラ事件)

その後、強国となったイラクがクウェートに侵攻した湾岸戦争(90~91年)では、米国はイラクを攻撃し、サダム・フセイン政権を倒し、政権維持の名目で米軍の駐留が正当化されました。2001年の米同時多発テロ事件以降は、イランが独自に核開発を進めたことから、アメリカはイランを「悪の枢軸』と非難し続けました。

しかしアメリカ側ではなくイラン側の視点から見れば、イランはそもそも反米国家でアメリカと近いイスラエルと敵対し、シリアとは強固な協力関係にあり、さらにはイランと敵対するサウジやイラクにある米軍基地は、揃ってイランにミサイルを向けています。今回の核合意を受けてイランは悲願だった国際社会への復帰が叶いますが、だからと言ってアメリカとの関係が一気に改善するわけではなく、国交正常化までにはまだまだ時間がかかりそうです。
タグ:国際情勢
posted by 河野 at 14:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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