2016年07月19日

覇権の歴史3

第1次世界大戦は工業生産力が勝敗を決する総力戦でした。イギリスも多額の戦費を費やし戦争が長引くにつれて財政が苦しくなります。武器も石油も輸出に頼らざるをえず、されど金の流出は避けたかったイギリスは、金本位制を停止してアメリカの大銀行に戦時国債を引き受けてもらいます。当時中立国として各国に武器を輸出していたアメリカは、「世界の工場」と呼ばれ軍需景気に沸いていました。後にアメリカも引き受けた英国債がイギリスの敗北で紙屑になることを恐れる銀行家達の圧力にウィルソン大統領が屈した事で参戦することになります。

武器等の貿易代金の支払いと戦費の償還金という形で多額のお金がニューヨークに流れ、世界の金融の中心はロンドンのシティからニューヨークのウォール街へと移り、アメリカは世界最大の債権国として君臨するようになります。アメリカは第2次世界大戦でも戦場から遠いという地政学的メリットを背景にした武器輸出で隆盛し、反対に欧州の国々が疲弊したことで覇権国としての地位を得ました。金1オンス35ドルとして固定し、米ドルと各国通貨との交換比率を固定する金・米ドル本位制のブレトンウッズ体制を敷き、ドルを基軸通貨とすることにも成功します。戦後、日本や西ドイツが急速な経済復興を遂げられた背景には、この体制下における円安(360円)マルク安が一因としてあります。

しかし、日独との価格競争に敗れたアメリカは70年代に赤字貿易国に転落、80年代には債務国になってしまいます。アメリカは自由貿易体制を維持しつつ自国の産業を守るため、71年に金とドルの交換を停止するニクソンショック、85年に意図的なドル安誘導であるプラザ合意を行いました。こうしたドルの一極支配に挑戦したのが欧州統一通貨のユーロやイギリスのポンド、中国の人民元です。

近年、アメリカもイラク戦争、アフガン戦争、サブプライムローン危機やリーマンショックによって衰退しつつありますが、国際情勢はウクライナにおける欧露対立やイギリスのユーロ離脱、中国のAIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立等に見られるように多極体制へと向かっており、もはや覇権国家というシステム自体が無くなろうとしています。
タグ:世界史
posted by 河野 at 13:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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