2016年07月13日

覇権の歴史1

大航海時代から現代へと続く西欧列強における覇権の変遷についてお伝えしたいと思います。

15世紀半ば、ヴェネチア商人が地中海貿易で独占的に扱い巨利を上げていた、調味料としてだけでなく防腐剤としても重用される胡椒や丁子といった香辛料を自らも得るべくポルトガル、スペインは主な産地であるアジアとの直接貿易を目指しました。

南に進路をとったポルトガルは、アフリカの国々を植民地化したのち喜望峰を回ってインドへ至り更にマラッカ海峡、インドネシアの島々を占領して戦国時代にあった日本へも種子島から「鉄砲伝来」という形で関わってきます。当時の日本はアメリカ大陸に次ぐ世界第2位の銀産出エリアでしたが、今まで占領してきた国や島とは違い文化レベルが高かったためおとなしく鉄砲を輸出することで銀を受け取ることにします。

西に進路をとったスペインは、1492年に女王の命を受けたコロンブスが後に「アメリカ」と名付けられる新大陸を発見します。鉄も知らないアステカ、インカの先住民に鉄砲、大砲、騎兵を用いて圧勝したスペインは南北アメリカ大陸を植民地化。南米で発見した世界最大の銀山、ポトシ銀山を奴隷化した先住民に採掘させた結果、欧州に「価格革命」と呼ばれるインフレを引き起こすほどの莫大な銀を手に入れ「太陽の沈まない国」と言われるほどの繁栄を築きますが、新大陸の銀の枯渇に起因する財政破綻で没落していきます。

その次に商業国家としてスペインから独立したオランダが台頭します。同じく商業国家であるポルトガルと対立したオランダは、傭兵を抱え現地での徴税権も認められている特殊な会社である「オランダ東インド会社」を設立し、武力によってポルトガルからアフリカや東南アジアの植民地を奪って回るようになります。この時、日本にもやってきて貿易を求めてきますが、銀の流出を避けたい徳川幕府は高い国力を背景に鎖国体制を敷き長崎1港に貿易を制限します。約200年ほど覇権を維持していたオランダも、イギリスとの3次に渡る英蘭戦争に敗北し没落します。
タグ:世界史
posted by 河野 at 13:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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