2015年12月31日

山椒大夫

映画「山椒大夫」を鑑賞したので感想を書きたいと思います。

陸奥国の国司であった平正氏は、百姓を困窮から救うために鎮守府将軍の命に背き筑紫国へ左遷されてしまいます。妻の玉木と子の厨子王、安寿兄妹は正氏に会いに行く途中、人買いに騙されて親子離れ離れに売られてしまいます。苛烈な丹後国の荘官、山椒大夫の奴婢(奴隷)となった厨子王、安寿は、日々過酷な労役を課されていたものの、安寿が自分を犠牲にして厨子王だけは逃がす事に成功します。中山の国分寺で匿ってもらった厨子王は、僧侶の計らいで知遇を得た丹後国の関白から、父正氏の名誉が回復した事、すでに故人である事を知り、丹後国の国司に任じられます。厨子王は手に入れた官位と引き換えに丹後一帯での人買いや奴隷の使役を禁止し、山椒大夫とその家人を国外へ追放した後、以前人伝で母の所在として見当をつけていた佐渡へ赴き再会を果たすというのがあらすじで、醜い人の世にあって正義を貫くことの難しさを描写しています。

この映画の舞台である平安時代末期では寒冷期である上に有力者への寄進地系荘園の増大によって朝廷の税収が上がらず警察力の低下から野党や人買いが横行し、また、中央の目が届かないところでの領地の取り合いや、横暴を働く国司も発生していたため地方豪族や有力農民層の田堵は武士化することで自分の身を守ろうとしていました。彼らは後に能力や家柄で源氏や平氏といった軍事貴族を棟梁に選出しやがては鎌倉幕府によって朝廷から自治権を獲得していきます。

特権層の賄賂や汚職が横行し律令が当てにならなくなっていたこの時代は日本社会の未来を類推する上で参考になります。私たちは武士が軍事貴族という時流にあった人間を棟梁とし戦闘や訓練に臨んでいたように、数が増えていく外国人や犯罪被害者に対応できる人間をリーダーに据えて彼らとの相談や交渉のほか、難関資格の取得合宿や弁護士事務所と連携した犯罪者の駆除を行うことで資本を獲得、維持しつつ機会に備えていくのが宜しいと考えておりますので、これらの活動に興味のある方は続報をお待ちください。貧しい人も待っていれば或いは厨子王が助けに来てくれるかもしれません。しかし劇中で彼に解放された奴婢が真っ先にやったことは荘園内での略奪と放火でした。知恵や勇気を培っていない人々はいざ自由になっても碌なことをしないし、できないということです。
タグ:政治活動
posted by 河野 at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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