2015年03月01日

飢餓列島16

君たちは、今、昨日新宮地区の共同体に交渉に行った野村の報告を聞いた。彼らは我々との同盟を拒絶した」地区委員会本部で長谷川がしゃべっていました。本部は、共同体のセンターとして急増された二階建てのプレハブ建築で、今そこのホールにはこの共同体を構成するメンバーたちのうち100人余りの男女が集まっていました。長谷川は語り続けてました。南紀一帯の海岸にもいくつか共同体があり、彼らは北山川沿いの新免軍団と自分たちを同一視しているため、現在挟み撃ちにあっている状態で非常に危険だということ。しかし、現在日本全体で起こっているこの動乱は一時的な現象であり、互いに助け合い、生き抜いていかなければならないということ。

根上は長谷川に気付かれずにホールを抜け出し、自分の宿に戻って荷物をとると、熊野川とは反対の方角へ雪に覆われた斜面を登り始めました。彼は紀伊山中に入って、吉野の里のまで出ようと考えていました。距離にして150キロですが、そんなことはどうでもよく、ただ自由になりたかったのです。なんの希望もないくせに、あたかも明るい将来が、やがて開けてくる、もうすぐ見えてくると自分自身にいい聞かせ、それを真実と錯覚してメンバーたちに語って聞かせる、長谷川や共同体の幹部たち。この異常な、冷酷非常な状況の中でも、まだ企業意識に似た前向きな姿勢で人々を引っ張っていけると思い込んでいる彼らの、不死身と言ってもいい精神がうっとうしかったのです。

確かに秩序は必ず何らかの方法で回復され、国家の権威が共同体を解体するだろう。だが自然の猛威そのものはおそらくまだほんの序の口を見せただけなのだ。人間社会がパニックに陥ろうが、そこから回復しようが御構い無しにそれは進行していき、人間活動の可能な領域を狭めていく。そうなれば弱いところから崩壊していくことも確実だ。おそらくこの共同体は、武装集団の攻撃か、寒さか、上でこの春までに崩壊する。どうせそうなる運命ならば、思い切って独立で最後の一日まで生き切ってしまう方がいい。根上は野村たちの車が新今宮から追い返されたとき、そう決意していました。途中で凍死するか餓死するのが関の山でしょう。あるいはもっと早く、新免軍団のパトロールに発見されて殺されるかもしれません。ですが山越えを成功させることは初めから目的ではなく、自分の意思で行動を起こすこと、それだけが目的でした。

出発から3時間経った頃、何者かが尾行している気配を感じました。何者だろう?もし共同体のメンバーが追っているのであるなら呼び止めるはずです。危惧していた新免軍団のパトロールならいつ襲われるともわかりません。天気は急速に悪化していました。雪が激しくなって、視界が利かなくなってきました。彼は思い切って県道に出ることにしました。しばらく行くと、右手に熊野川の支流の一つが見えてきたと思うと急に接近してきて道を遮り、そこに80メートルほどの細い吊り橋がかかっているのが見えました。風で大きく左右に揺れる両手でしっかりとワイヤーケーブルを掴んで5、60メートル進んだとき、尾行者が吊り橋のたもとに現れました。「根上さん…要吉さん…待って!私も連れて行って!」美子のものらしき声が聞こえました。根上は美子のところまで急ぎ足で戻って行きました。「なぜ追ってきた?」根上は怒鳴るように言いました。「ぼくについてくれば、おそらく死ぬぞ」「それでもいい。要吉さん…私…私をあげたい」烈風がふと小凪なって吊り橋が安定しました。それをしおに、根上は美子の腰に左腕を回し右腕でワイヤーを掴むと、前進し始めました。白く渦巻く吹雪の中に、二人の姿は消えていきました。

長谷川の話は必ずしも荒唐無稽というものではないので共同体にとどまっていた方が、根上にとっては自殺同然の脱走より生存率はずっと高いです。過酷な状況で生き残るには、プラス思考が必須で、時にある意味バカにならなければいけない部分もあります。結局ニヒリストの根上にはそれがどうしてもできなかったようです。
posted by 河野 at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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