2015年02月27日

飢餓列島14

山の中腹から直接落下しているような那智の滝が、しばらく参道の間に見え隠れてしていましたが、やがてそれも樹木に遮られてしまいました。「もうじきよ。そのはずだわ」美子が乾いた声を出します。七里御浜に降り立ってから、ここに来るまでに丸々1週間もかかっています。一行は4人になっていました。飛行機が不時着した時に負った傷がもとで、若い川越が死んだのです。彼らを止めてくれた農家の近くには医者がおらず、どうにもならなかったのです。川越の遺体を農家に託して七里御浜から浜沿いの国道に入っていくと、間もなくその一帯はあちこちから集まってきた難民でいっぱいになっていました。彼らは食物のない都会を捨てて、この辺りなら何か食べるものがあるだろうと南紀に流れ込んできたのです。惨めなことに、それらの難民を襲う人間もいて、殺傷事件は珍しく無くなっていました。美子たちは夜までに到着したいと考えていました。この熊野の山奥に山賊が出るという噂を難民たちから聞いていたからです。

ヘアピンを右に曲がり、急な坂を4、50メートル登ったところに、三輪金属那智鉱業所と記された朽ちかけの標示見つけ、門まで進むと3つ4つの人影が見えたのです。「止まりなさい!」「あんまり近づくんやないで!」武器を持った男女が喚きます。すでにここは他の難民グループに占拠されていたようです。彼らは武器を渡さなければ殺すが、渡すなら中で暮らして良いというのです。根上たちは仲間内で相談し、とりあえずここは言うことを聞くことにします。なぜ簡単に仲間に入れるのでしょうか。仲間が増えればそれだけ割り当てが減っていくはずです。根上がそんなことを考えていると、女がこちらを振り返って言います。「火を焚くんやないで。山の軍隊が襲うてきよるかも知れんから」根上は理由を悟りました。ここの難民はその山の軍隊からストックを守るためにより多くの人手が必要だったのです。

夜中、根上はふと目を醒ましました。もう一度眠ろうにも、いやに目が冴えて眠れないのです。どういうわけか、今夜、何かがありそうな妙な予感が頭の中で明滅して仕方がないのです。そしてどきりとしました。自分が無意識の内にある物音をとらえたからです。がさがさというような、あるいは囁き合うような、そんな気配をあるのです。「なにかしら」美子も目を覚ましたようです。上の方の建物の彼方から吠えるような気味の悪い声が、どっと上がりました。「なんだ?」竹里と、野村も立ち上がりました。続いて、「襲撃だぁ!山の軍隊だぁ!全員戦え!」という叫び。悲鳴がいくつも流れてきました。10秒と経たないうちに、怒号や絶叫などが始まり、木造の建物に火がついたらしく、あたりが赤くなりました。「逃げるんだ!」「俺はあっちから逃げる!」根上、美子、野村は同じルートで、竹里は別のルートでそれぞれ逃げました。根上の勘は的中したのです。

何度も休みながら、3人は鉱業所を迂回するコースを進み続けました。どのくらいの時間が経ったでしょうか。3人は鉱業所の門や前庭を上から見下ろす位置に来ました。そこで根上は足を止めました。長い悲鳴と、それからどっとときの声が聞こえたからです。「何をしているんだろう」野村が言いました。3人は音を立てないように気をつけて、鉱業所へ近づきました。前庭のすぐ前まで来ると、皆ぼろに近い格好で武器を携帯した現代の山賊とも言えるような集団が、火葬でもしているのか、人体を焼く異臭をあたりに立ちこめさせながら焚き火を囲んでいました。そのまわりに2.30人の、捕虜となった鉱業所の連中が縛られています。焚き火の正面に指導者らしき初老の男が仁王立ちになっていて、片手に掴んでいた何かを頭上にふりあげました。「新免軍団はまた勝った!」初老の男の隣にいた若い男が叫びました。「新免軍団はさらに勝たねばならぬ。そのための誓いを立てよう!」青年は振り上げた手に掴んでいるものを口に持っていき大きく一切れ噛み切りました。群集も全く同じことをし、初老の男も顎を動かしていました。

「鬼め!貴様ら鬼だ!人食いの外道だ!」突然捕虜の一人が叫び出しました。それは竹里でした。2、3人の兵士たちが駆け寄ってきて竹里を殴り倒しました。根上たちは凍りつきました。彼らが食べていたのは人肉だったのです。「やめて」美子が呻きました。口を押さえた指の間から嘔吐物が漏れていました。野村も痴呆めいた目をきょろきょろと左右に走らせていました。「行こう」根上がようやく言いました。人食いに発見されることも恐ろしかったのですが、何より、その人肉が焼ける匂いから逃れたく思ったのです。ただ必死に逃げました。闇の夜を藪に遮られ、立ち木にぶつかり、岩根につまずき、転び、泥まみれになりながら逃げました。

突然根上は、後ろから眩しい光を当てられたことに気づいて、振り向きました。幾つもの懐中電灯の光の輪がそこにありました。「これは驚いたな!」相手の一人が言いました。「羽田空港のモノレールで出会ったね。根上さんと、三輪美子さんだろう?そちらの方は知らないか。私は西日本商事の長谷川という人間だ」長谷川はここに膨大なストックがあるという三輪金属の鉱業所を調べるためにやってきたのだと言います。彼もまた新免軍団の人食いを目撃しており、目立たないようにしていました。長谷川は鉱業所についての情報を教えてもらうため、3人を自身の共同体へ案内するのでした。

新免軍団は壊滅した千光寺や、三輪とは比べ物にならないほど強固な共同体です。彼らには、おぞましいかたちではあるものの、「人食い」という宗教的儀式を通じた「結束」があります。
タグ:飢餓列島
posted by 河野 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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