2015年02月25日

飢餓列島12

日本列島は暗雲垂れ込めた低い空の下に、じっと静かにうずくまっていました。そこで何かが起こっているということが、全く非現実に思えるほど、少しもいつもと変わりがなかったのです。逃げ出せるものなら逃げ出したい。もう何をどうしても無駄ならば、いっそこの飢餓列島を後にしてどこか安穏な、静かなところに脱出したい。そこで全てを忘れてしまいたい。機体が激しく上下左右に揺れて、根上はそんな瞑想から我に帰りました。はっとして美子の顔を見ると額に脂汗が浮き、眦を釣り上げて人相が変わっていました。機体と翼が強い風圧に抵抗して許容量一杯にしなるのが感じられました。(大丈夫か?)根上は聞こうとして思いとどまりました。そんなことは美子にもわかりはしないのです。今はとにかくただ機を飛ばすだけで精一杯なのです。時間の経過がわからなくなり、その代わりに爆音と動揺と苦痛が意識の全域を占めるようになりました。

ふと目の前が明るくなって根上は知らないうちにいつの間にか閉じていた目を開けると、切れ切れになった青空が前方にあります。「どうにか切り抜けたわ」美子はぎこちない笑みを浮かべ嗄れた声で言いました。男たちも、掠れた声でお世事のように笑います。時折雲に入るたび、青空が広がってくるのを見ると東へ向かう低気圧は通り抜けたようです。すると今度はキャビンの中の沈黙が恐ろしい静寂のように感じられ、耐えがたくなってきました。それは5人とも同じだったようです。同乗していた野村が、この10月の大豪雪の時に閉じ込められた、新潟だったか群馬だったかの部落で起こった集団人食い事件の話を始めました。これまた同乗している川越が、その部落の人肉食をした生き残りを看護した時に教えてもらった話なのだと言います。川越は話したくないというので野村が話します。

あの時は北陸から北関東にかけて3000人の死者が出て、その部落も完全に閉じ込められ、3、40人だけがかろうじて生き残っていました。耕地を持たない山間の部落で、初めから大きな食料の蓄えはありませんでした。口に入るものはなんでも食べましたが、2週間目には何もなくなり、老人や子供が死に始めました。必死に食えるものを探していた彼らが雪の中で凍結した村人の死骸を発見したのは3週間目でした。そして、大半の生き残りが結局人肉食に踏み切ったのです。初めは嫌悪感があっても、徐々に慣れてきて、だんだん食べるのが優しくなってきます。肉を受け付けたものは次第に元気になり、そうなれないもの、拒絶したものは餓死しました。そうして彼らは「食料」を蓄え、雪解けを待って部落から脱出することに成功したのだそうです。

「もうやめてくれ!」竹里、野村、根上3人がユーコン山中やアンデス山中でもあった人食い事件の例も交えて議論していると川越が呻きました。「人食いを美談のような言い方をするのはやめてくれ。そうだ、あんたらは真っ先に人肉を貪り食う側の人間なんだ。でも俺は違う」「俺にその話を打ち明けた男も結局は違って、自分が食った亡者の亡霊に日毎夜毎責め抜かれて、とうとう紐で首をくくって死んじまった」川越は首を振り、目を宙に走らせました。その時、ふいに機が大きくバンクして根上たちは我に帰ります。「熊野浦よ。たぶんもう、かなり新宮に近い。低気圧に流されて燃料を消費しすぎたからここで降りるのよ。用意して!」浜がみるみる迫ってきます。座席の中で、身体を二つに折ってできるだけ縮こまった途端に、がくんと激しい衝撃が来て根上は気を失いました。

川越が言うようにベラベラ食人について話していた3人は食べて生きることを選びそうですし、メンタルが弱い彼は部落の生き残りのように、そうするくらいなら死ぬことを選ぶでしょう。飢餓列島のよう極限の世界では、生き残るのに自分と周りの力関係だけでなく、こういったそもそも自分がどれだけ生きたいと思っているのか、という精神的な生命力まで問われます。
タグ:飢餓列島
posted by 河野 at 23:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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