2016年07月27日

EUの盟主となったドイツ

欧州において経済の国境を無くし通貨を統合すれば、東西に渡るヨーロッパの中心という地理的条件に恵まれ、輸出競争力のある強い産業を持つドイツが独り勝ちを収めるのは自明でした。さらにユーロ圏危機を通じてEUにおける経済政策をめぐり、ドイツの政治的支配力も強まっています。

欧州債務危機を独り勝ちで乗り切ったドイツにも、少子化による労働力不足という国内経済への不安要素があり、現在8068万人の人口は2060年には6500万〜7000万人にまで減るとみられ、イギリスやフランスに抜かれる見込みで、15年に80万人の難民を受け入れたのには将来の労働力不足を見越した面があります。また、ナチス時代に人種差別政策によってユダヤ人を迫害・虐殺した歴史から国際世論に対して寛容さを見せたいという背景、冷戦中に東ドイツやソ連圏の東欧諸国からの難民を受け入れ、その労働力を使って経済成長を実現してきた経緯もあります。

しかし、シリアのイスラム系難民がドイツを目指す途中には、高い失業率のため難民を受け入れる余裕がなかったり、反イスラム感情を抱える国々があり、メルケル独首相の「欧州の価値観が問われている」という発言を傲慢な強国の押し付けであるとしてドイツの独裁復活にEU諸国では警戒感が強まっています。かねてより欧州は「ひとつになるには大きすぎるが、分断するには小さすぎる」と言われてきましたが、今後のEUも盟主であるドイツの舵取りは困難を極めそうです。
タグ:国際情勢
posted by 河野 at 12:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

アメリカが「世界の警察」を辞めた理由

2013年9月10日にテレビ演説の場でオバマ大統領は「米国は世界の警察ではない」と言いました。11年にイラクから米軍を完全撤退させ、アメリカは世界秩序の監視役から手を引きましたが、そもそもなぜ今まで「世界の警察」が続けられていたかといえば、ユーラシア大陸から遠いという地政学的メリットがあるからです。それ故に世界中で起こる戦争を遠くから監視し、パワーバランスを崩しかねない存在が現れた時に徹底して叩くというのがアメリカの外交戦略だったのです。

しかし03年からのイラク戦争の長期化と08年のリーマンショックが決定打となり戦略の変更を余儀なくされました。今年の1月には、アメリカは核開発問題をめぐるイランへの経済制裁を解除しましたが、その裏には金がかかる中東の整理をイランに任せようという思惑があります。シェール革命によって世界最大の産油国となったアメリカにとって、中東はもはや守る価値のない地域であるということです。

代わって今、アメリカは東南アジアの市場の生産性の高さと、世界第2位の経済大国となった中国に気を配るアジア重視戦略に出ています。アメリカと中国は南シナ海をめぐる領有権問題について対立しており、今年1月末には中国が実効支配する西沙諸島周辺をアメリカのイージス艦が航行するなど一色即発の状態で、経済面でもアメリカは昨年10月に大筋合意したTPP(環太平洋経済連携協定)などで対中国包囲網を張りますが、中国もRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)で経済ブロックの構築を進め確執が続いています。

加えて、14年3月にロシアがクリミア併合に乗り出した事で、「新冷戦」時代と呼ばれる程に悪化した両国の関係もアメリカにとっての懸念材料です。今年はアメリカ最大のイベントである大統領選挙が行われますが、誰が大統領になろうとも、中国やロシアとの外交が困難を極めるのは間違いなさそうです。
タグ:国際情勢
posted by 河野 at 15:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の経済観2

一方、ユダヤ人は古代から住む場所を追われ離散して暮らさざるを得なかったため、物や土地がなくとも稼げるよう、「当人の能力」に経済価値観を置いています。ユダヤ教やキリスト教の聖典である旧約聖書では、申命記などに兄弟(同胞)には利息をつけて金銭を貸してはならないが、異教徒には利子をつけて貸しても良いと書かれています。ユダヤ人はこの教えのもと、同胞間でお金を融通しあいながら、異教徒からは利子を取る金融業を生業とする事で各国の貨幣の両替や為替の技術にも長じていきました。他方、キリスト教は中世を通じて同胞・異教徒を問わず、利子の徴収そのものを完全に禁じ、金融業を”賎業”としてユダヤ人に押し付けました。シェークスピアの「ヴェニスの商人」に出てくる悪役の金貸し、シャイロックもユダヤ人です。

もっとも、13世紀頃からはキリスト教社会でも利子付きの賃借が徐々に認められるようになっていき、16世紀の宗教改革以降、プロテスタント諸国で資本主義が誕生し、さらに産業革命によって経済が活発化するに従い、聖書が定める利子の禁止は空文化していきました。このようにキリスト教は時代を経るにつれ、聖書の教えを現実に則した形に変えていくのが特徴で、例えばイエス・キリストが「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい」と説いている通り、確かに本来キリスト教は、富の増大には否定的で、金持ちは全財産を死ぬ前に教会に寄付することで天国に迎えられると考えられ、宗教世界と経済などの世俗世界は区別されていました。中世カトリックの教会が豪華絢爛なのはこうした背景があったからです。

ところが、宗教改革で誕生したプロテスタントのカルヴァン派は、「救済するしないは神が既に決めている」とする「予定説」を唱え、神から与えられた職業(天職)に真面目に取り組み、利益を得られるのは神に認められている証拠であり、その結果得た利益は自堕落に使うのではなく、さらに努力して増やすことが神の御心にかなう行動であるとしました。政治学者のマックス・ウェーバーは「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、この考えが資本主義の原動力になっていると論じており、現在におけるアメリカの経済至上主義も、こうしたプロテスタントの経済的な成功を救いの証と見る世界観による、世俗的欲求と宗教的情熱が合わさった経済活動が基盤になっていると見ることができます。同じキリスト教でも宗派によって経済価値観は大きく異なるということです。
タグ:世界史
posted by 河野 at 15:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする