2015年05月16日

日本はクールでなくなりつつあるのか?


日本は世界に日本の素晴らしさを分からせるために政府公認で巨費を投じてきましたが、それが自身への落とし穴になりそうです。

当初、日本のアニメや漫画を売り込むために用意された「クールジャパン」キャンペーンは、多くのものを含む、巨大なものへと変質していきました。

「クールジャパンは日本の新しい、創造的な事業を支えるものでなくてはなりませんが、それを大企業に買収させています」参議院議員で、タリーズコーヒージャパン創業者の松田公太氏は、電話でCNBCに話しました。

2年前、安倍晋三内閣総理大臣はキャンペーンに公印を与え、クールジャパン戦略担当大臣まで任命しました。それ以来、2020年のオリンピックを前に、東京を宣伝する為、このキャンペーンはファッションや音楽、食べ物さえも含むものに拡大されました。

キャンペーンは、その大きな野望に沿えるよう自身の投資ファンド、「クールジャパン機構」と、406億円(3億4100万ドル)の活動資金さえ用意しています。

しかし幅広い範囲で、公金によって売り込まれるほど何がクールであるか、誰が決めるのかという新たな質問が上っています。

「政府の仕事は、日本文化をフォーラムに提出することであって、何を売り込むべきか、売り込まざるべきかを決めることではない」と、毎週放送のテレビ番組「COOL JAPAN」の司会者で、『クール・ジャパン!?外国人が見たニッポン」の著者でもある鴻上尚史氏は言います。

クールな納税者

しかし、正反対のことが起こっているのかもしれません。

現在のところ、松田氏によるとクールジャパン機構によって資金を供給された殆ど全てのプロジェクトは、その機構の株主と結びつきました。

一つ例を挙げると、ローカル言語で日本の情報を放送する為に新しいテレビチャンネルを開始するという、110億円の合弁事業があります。クールジャパン機構の会長、飯島一暢氏は民間部門の株主、スカパーJSATの取締役です。そこはもう一つのクールジャパン機構の株主で、日本最大手の巨大メディア企業、フジ・メディア・ホールディングスの子会社の一つです

他のプロジェクトでは、シンガポールには新しいフードコートが、マレーシアと中国には新しいショッピングセンターが、日本の主要なチェーンストアによって運営されます。

「機構はその意味をよく調べる必要がある」と松田氏は言います。

誰がそう言った?

もう一つの根本的な問題点は、クールさと同じくらい分かりやすい、感性の隔たりです。

政府は日本文化を売り込むために資金を投入しているかもしれませんが、官僚や大企業役員がクールと思っているだろうことが、海外の人々が考えているとと非常に異なっていることもあり得ます。

例えば、日本人はしばしば未だに、寿司、てんぷら、すき焼きが、海外での和食の標準であると思っています。

しかし、実際にたった今大流行しているのは、より大衆向けのラーメン、スープ麺であると鴻上氏は言いました。

「海外の人々は、日本文化に非常に興味を持っています。しかし、クールについての政府の考えは的が外れている」彼は言います。
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2015年05月12日

放射性降下物によって福島県とその周辺の町は数十年は住めなくなった


今週の「Danger Zone」は、ニュースアジアのArglit Boonyaiが訪問した、2011年3月の大地震と津波による放射性降下物に苦しむ福島とその周辺都市です。

福島の見えない放射線は、制御ができない恐ろしい状況をもたらしています。

大部分の危険地帯では、あなたは事前の訓練や危ない状況への配慮で対処することができます。しかし、放射線は至る所にあるのです。あなたはそれに対して、どのように身を守りますか?

当然、あなたは防護服を着ることができ、放射線濃度を測定するためのガイガーカウンターを持つことができます。しかしあなたは決して本当に安全ではありません。空気中の放射線は塵を通してあなたの服に付着し、その影響がわかるのには何年もかかるのです。

そういうわけで私は、チェルブイリ以来、世界でも最大の核災害にあった福島を撮影する折に、同僚が気おくれしはじめたのにもあまり驚きませんでした。

彼らはイラクのような場所に行ったことがあって、エボラ発生を取材するためにリベリアに向かう気さえあったことを覚えておいてください。このことから、危険とは名状しがたいもので、必ずしも銃口の先にあるようなものとは限らないことがわかります。

福島は二つの異なった印象を残しました。この黙示録的なゴーストタウンで、なんと郵便局が生きている。そして、日本人のなんと効率的で勤勉なことでしょう。

私は以前、見捨てられる前の村民に会いましたが、それが彼らの性質なのです。それにもかかわらず、時間が尽き、人々は移動させられています。福島は以前とは違います。

それはちょうど時間が止まったかのようです。私はメアリーセレスト号に乗ったかのような気持ちになりました。我々が数回撮影を行っていた富岡町には過去にあった生活と失われた思い出のヒントが至る所にありました。捨てられた子供のおもちゃや結婚式のアルバムが至る所で散らばっていました。我々にはこれらの所有者が今も生きているのかどうか知る術はありません。

もし津波がこの地域の店舗や家屋を破壊しなかったならば、なぜ人々が居なくなったのか、なぜ土地被覆が進み建物や地元の駅が崩壊したのか、説明されることはなかったでしょう。

放射性降下物の清掃

この撮影もまた、私に日本人に対する尊敬と畏怖を感じさせました。福島第一原発からの放射性降下物の清掃はかなりの仕事です。それは福島県全域から放射線の全てを取り去ることが必要です。その放射線は空気中の塵や木々、そして埃に残存しています。

清掃員はそれらを取り除くため、根気強く、少しずつ、大部分は機械の力を借りて働きます。しかし場合によっては、私が目撃した清掃員がやっているように、鋼の歯ブラシで建物の側をこすり洗いします。

そのような行動は政府の清掃員に期待されるかもしれませんが、しかし地元民でさえも福島を救うために参加しています。行政区には、放射線が原因で引き起こされる病気によって長くは生きられないと考え、残って生活しているいる高齢の地元民たちがいます。彼らは迷える動物たちを世話し、放射線濃度をモニターし、放射性の蜂蜜さえ栽培しています。

しかし、この福島復興のための、共有された義務感と驚異的な努力があるにもかかわらず、私はここに他のどこよりも望みがないことを恐れています。

仮設住宅に住んでいる難民は、自宅に戻れるとは思っていません。科学者と放射線の専門家もすぐには土地が安全になるとは思っていません。

崩壊した家屋による荒廃した風景と、放棄されたコンビニエンスストアに囲まれた一週間を過ごして、私は福島が次の数十年以内にまた住めるようになるとは思えませんでした。
posted by 河野 at 16:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする