2015年02月28日

飢餓列島15

戸外ではまたみぞれが降り始め、風が鳴っていました。根上たちは長谷川たちの「第7地区共同体」に第1前哨として加わり、割り当てられた廃屋で他のものたちと過ごしていました。「リーダーに聞いたんだが、あんたがたが目指してきた那智の廃鉱にはだいぶ食料の貯蔵があったんだって」一人が根上たちに声をかけました。「惜しかったな、もう少し早く行ってりゃ、缶詰の2箱や3箱は持ってこれたろうに」また一人が未練げに言いました。「いや、例の人食い共に目をつけられていたんだ。かりに少しばかり手に入れても奴らに皆殺しにされていたに決まっている」また一人が、半ば捨て鉢な口調で言いました。「まあ全く、あんたがたにとってはえらい骨折り損だったわけだ。こんな時のためにせっせと溜め込んでおいたものが、まるきりパアになったんだからな」嘲弄めいた口調になりました。(またかー)根上は眉をしかめました。彼らの仲間入りをしてから、もう1週間の余が経っていました。

「東京はどうなったかしら?」不意に美子がつぶやくように言いました。根上はかすかに肩をすくめるだけでした。電話もテレビもラジオも役に立たない状況で、東京との連絡あれ以来、まったく途絶えていました。今日本中では、おそらく激しい凶暴な動乱が起こりつつあり、東京は騒乱の中心として修羅の巷とかしているのだろう。情報がないからなんとも想像はつかないが、三輪邸は意外にあっけなく暴徒か軍隊の手におちて、メンバーたちは無残な屍体と化しているのかも。根上はそんなことを考えていました。

美子が耳を澄ましました。次の瞬間、彼女はいきなり、立て切ってあった入り口の板戸に両手をかけて開けようとしました。板戸がきしりながらわずかに開くと、どっとみぞれが降り込んできました。「なんだ、どこへ行くんだ?」見張りの男が喚きました。「夕方新宮に行った車が帰ってきたんだわ。あのヘッドライトを見て」降りしきるみぞれの中、十数メートルのところに1台のライトバンが止まって、ヘッドライトを点滅させていました。それは、この共同体のメンバー同士が相手を確認し合うときに決めた合図でした。根上はポケットから懐中電灯を出すと、車に向かって同じ信号を送りました。ライトバンはのろのろと動き出しました。近づくにつれて、車体のあちこちに弾痕があるのが見えてきました。

「荷台に二人、怪我人がいる」運転手が助け降ろされながら言いました。後部ドアを開けると二人の男が横たわっていました。一人は腕が、もう一人は全身が血まみれでした。根上たちは、負傷者たちを家の中に担ぎ込んで応急処置をしましたが、そのうち一人はもう虫の息でした。根上は運転手が野村だったことに気づきました。「どうしたというんだ?」「リーダーの命令で新宮の連中と同盟を結ぶ話し合いをしに行った。だが話にもならなかった。武装した自警団が俺たちを見るなり発砲してきた。俺たちを山の人食いだと思い込んでいて、いくら違うと怒鳴っても無駄だった。全員殺されずに、逃げて帰ってこれたのが不思議なくらいだよ」「こっち人は?」美子が瀕死の男を覗き込むようにして言いました。野村が男を見て痛ましげな顔をしました。「東京のお邸にいたメンバーの一人ですよ、お嬢さん。新宮に流れ込んできた難民たちの中に混じっていたんだ。自警団との撃ち合いの最中に俺たちのところに来ようとして、撃たれた」

美子は男に近々と頬を寄せました。「教えて。東京の屋敷はどうなったの。父は?」男は何か言おうとしてむせました。口から血の泡を吹き出したのを、美子がハンカチで拭き取ってやります。「会長は…死に…ました」美子は訊き返しました。「ころされたの?」男はゆっくり首を振りました。「衰弱…なさって」「他の人たちは?」「邸が…爆発を起こして…みんな…散り散りに…ほとんど…殺されました」「でも逃げられた人もいるのね?あなたのように?」男の目に突然異様な光が宿ったようでした。「石光…俺たちを見捨てて…ちくしょう」その怨念にエネルギーを燃焼し尽くしたのか、男はがっくりと首を垂れて動かなくなりました。根上は、美子たちのそばに近寄ると、男の遺骸を両手に抱き上げ、無言で入り口へ運んで行きました。「埋めるから手伝ってくれ」一言いうと、それまで呆然と突っ立っていた男たちが一斉に動き出しました。戸口を開けるもの、つるはしやスコップを持つもの、懐中電灯で足元を照らすもの、皆それぞれ、何かをしないではいられないのでした。

前哨の男たちが投げていた未練げな言葉や、嘲弄からも察せられるように、食糧を占有している人々というのは、それができなかった人間から凄まじい嫉みと憎しみを買うものです。狡い、不公平だ、もはや自分が物資を手にできなくても、せめて豊かな連中を道連れにしてやりたい。パニックを引き起こすのは欠乏ですが、それをより凶暴化させるのは、こういった醜い負の感情なのです。
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2015年02月27日

飢餓列島14

山の中腹から直接落下しているような那智の滝が、しばらく参道の間に見え隠れてしていましたが、やがてそれも樹木に遮られてしまいました。「もうじきよ。そのはずだわ」美子が乾いた声を出します。七里御浜に降り立ってから、ここに来るまでに丸々1週間もかかっています。一行は4人になっていました。飛行機が不時着した時に負った傷がもとで、若い川越が死んだのです。彼らを止めてくれた農家の近くには医者がおらず、どうにもならなかったのです。川越の遺体を農家に託して七里御浜から浜沿いの国道に入っていくと、間もなくその一帯はあちこちから集まってきた難民でいっぱいになっていました。彼らは食物のない都会を捨てて、この辺りなら何か食べるものがあるだろうと南紀に流れ込んできたのです。惨めなことに、それらの難民を襲う人間もいて、殺傷事件は珍しく無くなっていました。美子たちは夜までに到着したいと考えていました。この熊野の山奥に山賊が出るという噂を難民たちから聞いていたからです。

ヘアピンを右に曲がり、急な坂を4、50メートル登ったところに、三輪金属那智鉱業所と記された朽ちかけの標示見つけ、門まで進むと3つ4つの人影が見えたのです。「止まりなさい!」「あんまり近づくんやないで!」武器を持った男女が喚きます。すでにここは他の難民グループに占拠されていたようです。彼らは武器を渡さなければ殺すが、渡すなら中で暮らして良いというのです。根上たちは仲間内で相談し、とりあえずここは言うことを聞くことにします。なぜ簡単に仲間に入れるのでしょうか。仲間が増えればそれだけ割り当てが減っていくはずです。根上がそんなことを考えていると、女がこちらを振り返って言います。「火を焚くんやないで。山の軍隊が襲うてきよるかも知れんから」根上は理由を悟りました。ここの難民はその山の軍隊からストックを守るためにより多くの人手が必要だったのです。

夜中、根上はふと目を醒ましました。もう一度眠ろうにも、いやに目が冴えて眠れないのです。どういうわけか、今夜、何かがありそうな妙な予感が頭の中で明滅して仕方がないのです。そしてどきりとしました。自分が無意識の内にある物音をとらえたからです。がさがさというような、あるいは囁き合うような、そんな気配をあるのです。「なにかしら」美子も目を覚ましたようです。上の方の建物の彼方から吠えるような気味の悪い声が、どっと上がりました。「なんだ?」竹里と、野村も立ち上がりました。続いて、「襲撃だぁ!山の軍隊だぁ!全員戦え!」という叫び。悲鳴がいくつも流れてきました。10秒と経たないうちに、怒号や絶叫などが始まり、木造の建物に火がついたらしく、あたりが赤くなりました。「逃げるんだ!」「俺はあっちから逃げる!」根上、美子、野村は同じルートで、竹里は別のルートでそれぞれ逃げました。根上の勘は的中したのです。

何度も休みながら、3人は鉱業所を迂回するコースを進み続けました。どのくらいの時間が経ったでしょうか。3人は鉱業所の門や前庭を上から見下ろす位置に来ました。そこで根上は足を止めました。長い悲鳴と、それからどっとときの声が聞こえたからです。「何をしているんだろう」野村が言いました。3人は音を立てないように気をつけて、鉱業所へ近づきました。前庭のすぐ前まで来ると、皆ぼろに近い格好で武器を携帯した現代の山賊とも言えるような集団が、火葬でもしているのか、人体を焼く異臭をあたりに立ちこめさせながら焚き火を囲んでいました。そのまわりに2.30人の、捕虜となった鉱業所の連中が縛られています。焚き火の正面に指導者らしき初老の男が仁王立ちになっていて、片手に掴んでいた何かを頭上にふりあげました。「新免軍団はまた勝った!」初老の男の隣にいた若い男が叫びました。「新免軍団はさらに勝たねばならぬ。そのための誓いを立てよう!」青年は振り上げた手に掴んでいるものを口に持っていき大きく一切れ噛み切りました。群集も全く同じことをし、初老の男も顎を動かしていました。

「鬼め!貴様ら鬼だ!人食いの外道だ!」突然捕虜の一人が叫び出しました。それは竹里でした。2、3人の兵士たちが駆け寄ってきて竹里を殴り倒しました。根上たちは凍りつきました。彼らが食べていたのは人肉だったのです。「やめて」美子が呻きました。口を押さえた指の間から嘔吐物が漏れていました。野村も痴呆めいた目をきょろきょろと左右に走らせていました。「行こう」根上がようやく言いました。人食いに発見されることも恐ろしかったのですが、何より、その人肉が焼ける匂いから逃れたく思ったのです。ただ必死に逃げました。闇の夜を藪に遮られ、立ち木にぶつかり、岩根につまずき、転び、泥まみれになりながら逃げました。

突然根上は、後ろから眩しい光を当てられたことに気づいて、振り向きました。幾つもの懐中電灯の光の輪がそこにありました。「これは驚いたな!」相手の一人が言いました。「羽田空港のモノレールで出会ったね。根上さんと、三輪美子さんだろう?そちらの方は知らないか。私は西日本商事の長谷川という人間だ」長谷川はここに膨大なストックがあるという三輪金属の鉱業所を調べるためにやってきたのだと言います。彼もまた新免軍団の人食いを目撃しており、目立たないようにしていました。長谷川は鉱業所についての情報を教えてもらうため、3人を自身の共同体へ案内するのでした。

新免軍団は壊滅した千光寺や、三輪とは比べ物にならないほど強固な共同体です。彼らには、おぞましいかたちではあるものの、「人食い」という宗教的儀式を通じた「結束」があります。
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2015年02月26日

飢餓列島13

東京ではいつの間にか雪は止み、夜明けにはまだ間がありましたが、あたりがほの明るくなっていました。初めは雑多な群集・暴徒として、闇雲にあちこちの邸宅を襲っていた連中はいつか合流し、自ずからリーダーや参謀格の人間が現れ、効率よく襲撃を行って一つ、また一つと邸宅群を占領するようになったのです。彼らの目的は極めてはっきりしていました。そうした大邸宅に隠された物資を奪い取るだけのことです。このような集団は都内の随所に出来始めていました。ここら一帯の大邸宅や高級マンションを焼き落とした彼らは今、丸二日攻めても落ちない三輪邸を前に、諦めるどころか目をぎらつかせて次の攻撃法を思案していました。これほどの防御力を備えているからには、よほどの物資がしまわれているはずだからです。

そこへがらがらと地鳴りにも似た響きをあげながら戦車がやってきました。クーデターに参加したものの、命令系統が狂い幾つもの異なる指令を受けるに至って戦線から抜け出した自衛隊たちが乗っていました。彼らはとりあえず戦車の力で物資を獲得した後、故郷へでも帰ろうと意見を一致させ、雪の都内を走ってきたのです。リーダーは物資を道にばらまいて戦車を止め、出てきた自衛隊員と三輪邸攻撃についての交渉を始めました。

衝撃が三輪邸を襲いました。非常ベルが鳴り響き、人々は地下ブロックに入りました。「スクリーンの用意はまだか?」三輪秀作が言うと邸内の機器を扱う主任技師が壁の装置を手早く操作し、モニターテレビのスクリーンが灯りました。そこには自衛隊の戦車がこの邸に発砲している様が映っています。戦車がもう一度砲塔を動かし照準を付け直して、また発射しました。その弾は燃料庫へと通じる階段がある建物を叩き潰し、グワーンと凄まじい音と振動を引き起こして地下ブロックを揺るがせました。地下に貯蔵された燃料が爆発したのは疑う余地がありません。三輪老人は、この様を見て笑っていました。自分への嘲笑か、巻き込まれた人々への憫笑か、この結果にユーモアを感じたか、誰にもわかりませんでした。スクリーン上では、戦車が塀を破り、その間から武器を握りしめた男女が殺到しているところでした。

「このままではやられてしまうぞ!戦うんだ!」鍋島は我に帰り、銃を握り直して地上への階段を登りだしました。部下もそれに続きます。残った人々は反射的に三輪老人を見ますが、老人は目を閉じて何も言いません。「何をぐずぐずしているんだ!みんな、侵入者を撃退するんだ」石光に煽られて人々は動き出しました。邸内各所から、激しい応射が始まりました。時たま手榴弾が投げられ、轟然と爆発します。侵入者たちはばたばたと打ち倒され、死んでいきました。一旦退いた侵入者たちは、再び突撃を開始します。主力は戦車が破った塀の後から、残りは反対側に回って塀に取り付き、よじ登ってきます。メンバーたちはただもう、その応戦に精一杯でした。正面玄関の一隊を指揮していた鍋島のところへ、三輪秀作の付き添いの看護婦が走ってきました。「すぐに来てください!大変なんです!」鍋島は部下たちに後を任せて地下ブロックへと駆け下りました。

メインルームでは石光と三輪老人が口論をしています。「そんなことができるか!ここを捨ててよそへ行くなんて、できっこない!」「どうした?」「ああ、あんたか。この老いぼれは降伏しようというんだ!」石光は振り向きました。「石光、お前には私の言っていることがわかっていない」三輪老人によると、まずストックをいくらか分けることで敵の何割かを寝返らせ、戦わせる。塀やその他の箇所も直させて、それが終わった集めて殺してしまう。ここにはもう燃料がないので、この危機を脱したら熊野、那智にある根上たちが受け入れ態勢を整えてくれているであろう第2基地へ移動する、ということでした。石光は那智になど今から行けるわけがない。根上たちが無事についているかも怪しい。だからここを守り抜くしかないという意見です。「わかりました。とにかく一時休戦の手配を行いましょう」鍋島は三輪老人に賛同しました。

「そんなことはさせないぞ!私はこの老いぼれに代わってここを指揮し守り抜くんだ!」石光は銃を鍋島に向けた。「つまらない真似はよせ」三輪老人は言います。鍋島は石光を見つめていましたが何も言わずに階段を登って行こうとします。味方としての情勢判断がある限り、本気で撃つわけがないと思ったのです。銃声が響き渡り、鍋島はその場に倒れました。誰も彼も自分のように計算ずくで行動しているわけではなかったのです。「これでいいんだ。今から、俺が総指揮をとる。わかっただろうな?」石光は三輪老人に言葉を投げました。老人は何も答えようとせず、目を閉じていました。

戦場に戻った石光は必死になって指揮をとり応戦しますが、守備側には疲れが出てきており、包囲網はじりじりと小さくなってきていました。そんな時、三輪秀作が発作のあと息を引き取ったという知らせが人々の間を駆け巡り、守備側の士気は一気にダウンしました。攻撃側の一隊がとうとう邸内に乱入しました。白兵戦になると屋敷の中の人々は脆くあっという間に殺戮と略奪が始まりました。地下ブロックに降りた石光は布をかけられている三輪老人の枕元に手を突っ込みました。老人がいつもそこに重要な鍵束を入れているのを知っていたのです。非常脱出口のドアを開けると、石光の子飼いの連中がどっと部屋に入ってきました。「待ってください!私たちは最後まで先生と一緒です!」石光は一言も言わず中から鍵をかけました。裏切られた者たちのわっという声が、すぐに聞こえなくなりました。彼は一筋の地下道が伸びているのを見て取ると、あとは振り返りもせずに走り出しました。

最後は内輪揉めで三輪邸のグループは壊滅しました。どれだけ入念に準備したつもりでも、本番はアクシデントの連続でそうそう想定通りにはいかないものです。場合によっては取り返しのつかない状況にもなりえますが、そんな時こそグループの真価、「結束」が問われます。リーダーの三輪秀作はその重要性には気づかなかったようです。
タグ:飢餓列島
posted by 河野 at 23:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする